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精子+卵子=人間!?当たり前を疑ってみよう

目次

トマトと卵が出会ったら…

トマトと卵が出会ったら…。こんな感じの「トマトと卵炒め」あたりですかね。
ということは、トマトと卵が出会っても、トマトはトマト、卵は卵です。

ヘンなこというなあ…と呆れないでほしいのですが((;’∀’))

何が言いたいのかというと「異質なもの同士が、ただ出会うだけでは、全く違う新しいものは生まれない」ということ。

そりゃそうだろう。なんなの、いきなり…

と思う方へ質問!

「精子と卵子が出会ったら、妊娠して赤ちゃんが誕生する」と思いますか?

この質問は、迷いなく「そりゃそうだ」と思うのではないでしょうか。
まさか、「コウノトリが運んでくるのよ♡」って方はいないはず(笑)

となると、「トマトと卵」の話と「精子と卵子」の話は矛盾してしまう…ということにお気づきでしょうか。

はい、そうなのです。
「精子と卵子が出会って赤ちゃん誕生」って疑うこともなく当たり前にしてきた論理。コレ、実はオカシイんです。

なんで、こんな簡単な論理の矛盾に気づけなかったのだろう?
じゃあ、どうして人間が生まれてくることができるの?

そう思いますよね。

このギモンにバシッと答えるのが、21世紀の悟り人・令和哲学者、Noh Jesuさん♪
令和哲学カフェの3期「令和Rock Festival!」の6月15日の会で、この問題提起とともに驚きの回答がされたのでした…。

人類700万年の歴史は「男性性」オンリーだった!?

生命の営みのカギを握っているDNA、遺伝子です(※正確にはDNAと遺伝子は違いますが割愛します)。

DNAというと「生命レベル」を想起するでしょうが、実は「精神レベルのDNA」があるよ、というNohさん。

余談ですが、いわれてみれば「生命と精神のDNAは違うのか。確かにそうかも…」と思いますよね。
でも、言われてわかることと、自ら発見することって、とんでもない違いだと思いませんか?

Nohさんと出会って20年ちょいの私は、どれぐらい彼の発見に驚かされてきたのか…。
挙げればキリがありません。

がしかし、私自身は、記憶力が悪い(…というか深い問題意識が持てていなかったからかな)ので、Nohさんから頂いたお宝をだいぶ網の目から零してしまったように感じます💦なんともったいないことを…(反省)

さて。本題に戻って、精神のDNAの話です。

Nohさん曰く、これまでは、男性も女性も例外なく「男性性の文化DNA」しか人間は使ってこなかった、と。
「女性」と「女性性」は似て非なるもの。言葉は似ているけど全く違う別物なんだ、というのです。

これまでの「女性らしさ・男性らしさ」は、あくまで「男性性の枠の中」のもの
つまり、モノの観方も、考え方も、すべてが「男性性」からスタートしていたのですね。

…と、ここまで書きながら「男性性の文化DNAと女性性の文化DNA」について書かないとダメだな~と思いました。
なので、また別記事で書きます。(長くなっちゃうので)

結論!

精神と卵子が出会って人間を生み出すという論理は、男性性の文化DNAに基づくもの。
この論理は「人間を理解する」には大きな弊害になる。

さて、これはいったいどういうことでしょう。

身体の誕生は「第1の誕生」

男性性の文化DNAしか使っていない
これ、言い換えると今までの人類の営みは「動物文明」だったということなんです。

つまり、人間は「動物」ってこと?侵害だなあ!!

確かに「動物」と言われると傷つきますよね。
無意識深いところでは「人間であること」に対するプライドがあるから怒るのは当然です。
ただ。怒るのだったら、「動物」と何がどのように違うのかをちゃんと語れる必要があると思いません?

「精子と卵子が出会って子どもが生まれる」
これは「動物も同じ」ことができますよね。犬もネコも馬もトラも、同じ営みをしています。

むしろ産まれたては人間がいちばん未熟です。
ひとりでは移動も、食べることも、表現して伝えることもできない。ただ、泣いて意思表示するのが精いっぱい。

人間は「人間にしかできない」ことがあるから「人間」と言えるのです。
それが何かというと「第2の誕生」なのですね。これ、動物にはできません。

生命のDNAだけじゃなく、精神のDNAを持ち合わせているのが人間。
だけど、今までは男性性の文化DNAしか使ってこなかった。

だから、人間本来の最高の機能を発揮できないまま「人間だ」と思い込んできただけ。
本当の人間は「こんなもんじゃない!」んです。

唯一、「女性性」を使っている瞬間がある

「女性性を未だかつて使ってきたことがない」といいましたが、唯一、女性性が働く瞬間があります。
意識して意図的に女性性を使ってるわけではないのですが、この一瞬だけは、間違いなく女性性が働いている、それが「精子と卵子の出会い」の瞬間です。

精子と卵子が出会うと、どうなるのでしょう?実は、

精子も卵子も、互いが消えてひとつになってしまう

物質の核融合反応よりもミラクルな融合が起きているのが精子と卵子の出会いなんですね。
つまり、精子でもない、卵子でもない状態まで溶け切って、境界線がひとつもなくなった源泉動きになる瞬間が女性性そのものになっていて、その源泉動き(女性性)から、再創造して受精卵が誕生し、お母さんの体内で138億年すべてを経験して、オギャーと生まれるのです。

さらにいうと、パッと目でみたら「身体の赤ちゃん」が産まれたと思うけど、とんでもない!
心の目でみれば、「宇宙」が生まれているんです。

もっと言えば「宇宙が有ったり無かったり」繰り返している…のですが、疑問符だらけになりそうなので、これもまた別でお話しましょう(笑)

何が言いたいのか、というと。

とんでもない核融合のミラクルが起こっているのが、精子と卵子の出会いの奇跡ということ。

令和哲学は、宇宙のロゴス(宇宙の存在方式と存在した宇宙の作動原理)を解き明かした完全学問なんですけどね、
その宇宙のロゴスが、この瞬間に見事にみてとれるのです。

この仕組みがイメージできてしまうと、精子と卵子の出会いが美しすぎるのですよ。。
けど、なかなか文字で伝えるのは難しいですね(@_@。

人間にしかできない「第2の誕生」

人間の第1の誕生は、パッと目でみた「身体の人間誕生」だけではなく、「宇宙」の誕生でもあると言いました。
となると、「宇宙の誕生ってどういうこと??」って思いますよね。

蚕は自分の口から糸をシャーッと出して繭玉をつくります。
そのように、人間も五感と脳を使いながら自分の解析の繭玉(宇宙)をつくっています。
ですから、人間一人ひとりが、「宇宙持ち」なんです。

だから、宇宙をいつも創っているし、宇宙を持っているんです。お金持ちの比じゃない!
人間、凄いでしょう(笑)

ただ。残念なことに、その繭玉から一生出られないんです。
つまり、実は誰とも、何とも出会ったことがない。本当の出会いを一度もしたことがないんです。

いうなれば、夢の中が「真実だ!現実だ!」と思い込んだまま、一度も目覚めずにいるようなもの。
イメージしてみるとかなり悲惨な状態です(´×ω×`)

だけど、人間は「第2の誕生」ができる。というかしなければならない。
能力を持ち合わせているのに使わないのは怠慢ですからね~。

身体の自分が繭の中のサナギ。宇宙が繭玉。そのサナギを「精子」、繭玉を「卵子」だとしたら…。今度は、
サナギと繭玉が出会って溶けて、ひとつになって、女性性を自由自在に使って繭の外へと羽ばたくことができる。

第2の誕生をした人たちで溢れたら、どんな未来になりますかね♡
想像するだけでワクワクします。

令和哲学カフェは月~金の21時から21時半でオンエア!
第3期は、21世紀の悟り人・令和哲学者Noh Jesuさんと、令和哲学を学んだ仲間のWファシリテーターでお送りしています♪
https://reiwaphilosophy.com/

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