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なぜ自殺をしてはいけないのか?自殺は罪なの?その①

目次

自殺はしてもいいの?ダメなの?

「自殺はしていいの?ダメなの?
ダメならなぜダメなの?していいのならなぜいいの?」

こんな衝撃的な問いかけから始まった、6月11日の令和哲学カフェのディスカッション。

かなりナイーブな問いを公開生放送でやっていることにちょっとドキドキしながら、
「私ならどう答えるかな?」と考えちゃいました。皆さんだったら、どう答えますか?

ちょうど今年の5月の自殺者数をニュースで目にしたばかり。特に女性の自殺増が深刻だとか。

先月自殺した人は全国で1745人で、去年の同じ時期に比べて154人増え、11か月連続で増加しました。

特に女性が大幅に増加し、深刻な状況が続いています。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210610/k10013078281000.html

昨年は、三浦春馬さん、竹内結子さん、芦名星さんらもご逝去され、死因は自殺ではないかと言われていましたね。

私自身は、実際に自殺を試みたことはないにしろ「死にたい」という考えに支配され続けた時期もありました。

でも「死ぬ勇気も持てない」という宙ぶらりん状態で、令和哲学に出会う前までは、死ねないから生きているというのが本音のところでした。

それにしても、「自殺や他殺はよくないことだ」って暗黙の了解みたいなところがあるけれど、
実際に「なぜダメなの?」の問いに納得できる答えに出会ったことはありますか?わたしは「ない」ですね。

「倫理道徳的によくない」とか、「尊い命を粗末にすることになる」とか、「周りの人を傷つけたり、辛い思いをさせるから」とか、なんとなく「まあ、そういわれればそうだよね…」とは思いつつ、スッキリとした回答とは言い難い。

戦国時代なんて多くの命を奪った人が英雄だったし、価値観や常識なんて時代や場所で簡単にひっくり返る。
そんな危ういものなのに、どうして「絶対ダメ」、「いやOKだ」なんて決める基準が、そもそもあるのだろうか?

宗教観からみた自殺

令和哲学カフェでは、宗教の観点からみた自殺についても触れていて、宗教的な結論は「罪」とのこと。
理由を聞くと、なるほど納得な答えでした。

どういうことかというと。。

神が宇宙森羅万象を創造したという創造論からすると、人間や動植物は「神を喜ばせるもの」として存在すべきなんですよ。だから聖書の創世記にも、「神は(自身が創った被造物を)見て、良しとされた」という文言が結構でてくるわけです。

となると、人間が「生きるのが苦しいから」などと勝手に自ら命を絶つ行為は、神の創造目的に抗う行為になってしまう。

つまり、神の仕事を無視し、邪魔する行為になる。
もっと言えば神を馬鹿にすることになる、ということなのです。
だから人間としての義務を果たさずに、神を冒涜することになる自殺は「罪」だ、となるのですね。

論理としてはナットクですが、でもこの考え方は、個人的にはかなり屈辱的に感じます。
「操り人形じゃない!」って叫びたい気分になりますね。(あくまで個人の意見です…)

ショーペンハウアーからみた自殺

次は「ショーペンハウアー」は自殺をどうとらえていたのか?の話にうつります。

ショーペンハウアーって誰やねん!って思う方も多いでしょうね(笑)
彼はドイツの哲学者で、Wikipediaによると、こんな思想を持たれている方です。

カント直系を自任しながら、世界を表象とみなして、その根底にはたらく〈盲目的な生存意志〉を説いた。この意志のゆえに経験的な事象はすべて非合理でありこの世界は最悪、人間生活においては意志は絶えず他の意志によって阻まれ、生は同時に苦を意味し、この苦を免れるには意志の諦観・絶滅以外にないと説いた。この厭世観的思想は、19世紀後半にドイツに流行し、ニーチェを介して非合理主義の源流となった。当時支配的だったヘーゲル哲学に圧倒されてなかなか世間に受け入れられなかったが、彼の思想は後世の哲学者や文学者、とりわけニーチェ、ワーグナー、トーマス=マンらに大きな影響をあたえている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%9A%E3%83%B3%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%82%A2%E3%83%BC

ということで、彼は「人間で生きることが、どれくらい悲惨、残酷、屈辱なのか」を語っているため、一見「生まれてこなければ良かった」 という思想の「反出生主義」ともとられるそうです。

ただ。令和哲学からみたショーペンハウアーは、どうやら単なる「半出生主義」ではないといっていました。
仏教の悟りを理解した彼は、自殺は「盲目的な生存意志」つまりカント哲学で言う「物自体」を否定するものではない。
生きていきたい気持ちはあるけれど、環境を変えられないことが苦しいんだ、と言っているそうなのです。

ただ、そうだからといって、「生命を絶つこと」はだめだと。
精神的な苦しみはちゃんと精神で解決すること、つまり「解脱、涅槃」の道へ行くことだ、と言っているのですね。
その道があるにも関わらず、精神で勝負せずに負けてしまって、生命を絶つことはもったいない、と。

うーん。なかなかショーペンハウアーも面白いですね。
でも、解脱や涅槃で本当に解決するのか?

その辺はパート②で語っていきましょう。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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